日本と中国で真逆の「呂布」像


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001 2025/10/14(火) 11:49:24 ID:ObIIOYCb32
三国志』のなかでも圧倒的な存在感を放つ武将が「呂布」です。特に横山光輝『三国志』では物語序盤に登場し、関羽と張飛に加えて劉備まで同時に相手にできる最強の武人として描かれました。しかし中国本土の伝統文化では、そのイメージはまったく異なります。そこにあるのは、最強の武人ではなく恋に翻弄され、主君を裏切る悲劇の美青年の姿でした。

 日本人にとっての呂布像は、横山光輝『三国志』によって形づくられたといっても過言ではないでしょう。方天画戟(ほうてんがげき)と赤兎馬という強力な相棒とともに活躍し、最強レベルの武将たちに囲まれても傷一つ負わない雄姿はまさに「人中に呂布、馬中に赤兎」と称されるにふさわしいものです。

 しかしそんな無敵の武将も、美女に篭絡され、度重なる自らの裏切りによってついには捕らえられ身を亡ぼします。この超人的な武力と人間的な弱さのギャップが、一般的な呂布の魅力とされています。

 ところが中国での呂布は、まったく別の人物として受け止められています。

 恋と裏切りの美青年として、あるいは自らの人間的弱さによって滅んだ最強の武将としての呂布。そのどちらにも普遍的な人間のあり方が描かれているからこそ、『三国志』は数百年にわたって愛されているのでしょう。

https://news.yahoo.co.jp/articles/d9d6cf67fe64f5a54a8d3...

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002 2025/10/14(火) 12:48:16 ID:lxWi0NhyMc
真逆でもないでしょ。 蒼天航路の呂布は知能指数の低さを吃音によって表現しているし。
知能に使うエネルギーすらも超人的な身体能力に全振りをしているのが呂布。

ちなみに「知能指数」という言葉には語弊がある。知能指数は高い低いで表されるのだが、「高いと優秀」「低いと劣等」みたいな意味合いを含んでいる。
つまりその言葉を見る者にそう思わせている刷り込みがある。「よし、知能指数が低い奴はバカだ!」という言葉の開発者からの意思の押し付けがあり見る者にそう思い込ませている「扇動」がある。
CMとか同じだよね。「よしこれを買おう!」みたいな意思の扇動、誘導がある。

実際は人は脳の働きには波があって、日中常に最高の知能指数を出せるわけではない。
頭がよく働く時、働かない時、知能指数検査という人を知ったようなつもりになれるテストに対して疑問を抱きやる気がないなど知能指数が全てではない。
つまり知能指数が低い人は脳機能を使っていないだけで、知能指数の高い人と遜色のない脳の機能を持っている。本当に低いというのは脳機能が物理的に壊れているような人で、永久に復帰が見込めない人だけ。

ここに「この日本語の嘘」がある。人を巧みな嘘で陥れるために「こいつは知能指数が低いからダメだ!」みたいな選別をして己は利益を得ようとする。
このように本来出鱈目な日本語をさも真実のように信じ込み、それに基づいて行動する事が如何に馬鹿らしい事かといえるでしょう。

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003 2025/10/14(火) 12:56:42 ID:w0BWtUuP/.
赤兎馬とやらの赤いベエクに乗って
イキっったとこで、もてない男はもてない
そこいくと
孔明は、世界最大級のブスを嫁さんにした・・・
悲劇なのか喜劇なのか
ロマンスなのか諦めなのか
どこで手を打ったらいいのか
ようわからんだあな (^。^; )

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004 2025/12/07(日) 17:07:08 ID:g0ab4zeyr.
そもそも貂蝉自体が架空の人物だからな。

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005 2025/12/07(日) 20:51:55 ID:x3sAEBt5S.
諸葛亮だって戦乱を無駄に長引かせて漢民族の滅亡を招いた大戦犯なんだよ

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006 2026/04/09(木) 13:32:31 ID:ctTNSz4dwg
辛亥革命後の支那内戦期の構造:マキャベリズムの連鎖
第1幕:袁世凱 vs 孫文(1912〜1916年)
テーマ:共和制という看板の争奪戦
孫文は「革命の理念」を持っていたが軍事力がなく、袁世凱は「軍事力」を持っていたが正統性がなかった。二人は互いの弱点を補う形で清朝崩壊後の権力を分け合ったが、袁世凱が独裁・帝政復活を目論んだ時点で決裂。袁世凱の死後、残ったのは「理念なき軍閥の割拠」という最悪の空白だった。
第2幕:孫文・蔣介石 vs 軍閥(1917〜1928年)
テーマ:ソ連を踏み台にした英米への乗り換え
孫文はソ連・共産党と組んで(第1次国共合作)軍を立て直した。孫文の死後、蔣介石はその資産を丸ごと引き継ぎ、北伐が軌道に乗った瞬間にソ連と共産党を切り捨てて上海財閥・英米に乗り換えた(上海クーデター)。これは純粋な「ハシゴ外し」であり、蔣介石にとって理念は一貫して包装紙に過ぎなかった

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007 2026/04/09(木) 13:33:41 ID:ctTNSz4dwg
第3幕:スターリンの「防波堤」設計(1931〜1937年)
テーマ:日本を中国に釘付けにする
スターリンの最大の悪夢は「日独によるソ連への東西挟撃」だった。そのための処方箋が「日本軍を中国大陸の泥沼に引きずり込むこと」。西安事件で蔣介石を殺させず、あえて国民党に大量の兵器を供給して日本との正面衝突を長引かせた。この構図では、中国(国民党)はソ連を守るための「消耗材」として機能させられていた。
第4幕:毛沢東の「漁夫の利」(1937〜1945年)
テーマ:日本軍を革命の下請けにする
毛沢東の方針は「一分抗日・七分発展」、つまり抗日はポーズで、実態は国民党が日本軍に消耗する間に農村で地盤を拡大することだった。日本軍が「点と線(都市・鉄道)」を取れば取るほど、補給線が伸び国力が削られる。毛沢東はこの消耗構造を最初から見抜いていた。戦後に「日本軍のおかげで革命が成功した」と語ったのは本音だった。

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008 2026/04/09(木) 13:36:15 ID:ctTNSz4dwg
総括:日本が「全員に利用された」構図

日本は戦術(個々の戦闘)では勝ち続けたが、それが逆に占領地の拡大→補給線の肥大化→撤退不能という罠になった。「これだけ血を流したのだから退けない」というサンクコストの呪縛が、マキャベリズムを欠いた日本の致命傷だった。

一言でいえば、この時代の中国内戦は「理念の戦争」ではなく、誰が誰を踏み台にして最後に立つかという生存ゲームであり、日本はそのゲームのルールを最後まで理解できなかった側でした。

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009 2026/04/23(木) 22:46:49 ID:UniOP7TdTU
「ハードカレンシー」の核心とは「その通貨で契約を結んだとき、後から一方的に反故にされないか」という一点に尽きる。
米ドル、円、スイスフラン、ポンドなどは「法の支配が政治に優先する」という長い実績
(日本は戦前の外債を敗戦後も誠実に返済し続けたが、ユーロはまだ日が浅く、ギリシャや民主化の浅いスペインを抱えている)
一方、元は「党の意志が法に優先する」リスクを常に孕んでいる(から富裕層は資産をシンガポール等に移している)

国際法には、政権が変わっても国家としての権利と義務は継続するという「国家承継の原則」があるが
清朝/中国は、世界最大級ロシア並みに150兆円規模の踏み倒しを行っている
中国は、清朝から引き継いだ「領土」や「国連の議席」、「不平等条約の改正権」といったプラスの遺産(権利)は当然のものとして享受する一方で、同じ清朝が発行した債券というマイナスの遺産(義務)だけを「旧時代のものだ」として拒否。「自分たちは帝国主義の被害者である」という政治的ナラティブを法的な後付けで正当化している割にはアフリカやアジア諸国に対して貸した金については相手国が政権交代しても「国家の借金だから返せ」と厳しく迫り、スリランカでは返済が滞った結果として港の運営権を接収する(債務の罠)といった行動を取っています

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