なぜ古代ローマ帝国は滅びたのか
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エネルギーが薪とせいぜい水力、家畜、奴隷人力どまりだったから
たとえば、古代の共同体は数万年続く事ができた。
その仕組みはアシュラムに残っていて、この仏教共同体は二千数百年なお存立できている。
ドイツ哲学でいう共同社会(ゲマインシャフト)はこれに該当し、
ローマ帝国にかぎらず現代でいう文明や都市は利益追求社会(ゲゼルシャフト)と考えられている。
利益追求社会は歴史段階に応じた価値を追求する装置であり、機械にすぎない。
機械であるなら、それは必ず陳腐化し老朽化し没落する。
精神(ガイスト)はその装置に規定され、原始の純粋共同性をとどめる魂(ゼーレ)を堕落させる。
シュペングラーなんかはそういう風に考えていたみたい。
その仕組みはアシュラムに残っていて、この仏教共同体は二千数百年なお存立できている。
ドイツ哲学でいう共同社会(ゲマインシャフト)はこれに該当し、
ローマ帝国にかぎらず現代でいう文明や都市は利益追求社会(ゲゼルシャフト)と考えられている。
利益追求社会は歴史段階に応じた価値を追求する装置であり、機械にすぎない。
機械であるなら、それは必ず陳腐化し老朽化し没落する。
精神(ガイスト)はその装置に規定され、原始の純粋共同性をとどめる魂(ゼーレ)を堕落させる。
シュペングラーなんかはそういう風に考えていたみたい。
共同体は小さいから、
また、有史以前でもあり、滅亡を正確にカウントできない
イメージとしての永続性は間違っており、実際にはかなり頻繁に滅ぼされ、略奪され、入れ替わり、
つまりは行く川の流れ状態(動的平衡)だったはず
でも、それを証拠立てることが難しい
現代の滅びゆく部族社会じゃ傍証にもならんし
二千年程度なら存続する共同体は多い
ただ、傍らで多くの共同体は滅んでいる
魂があっても集団は崩壊する
死ぬわけではなく、集団形式が流動する=滅びだから、頻繁だと思われる
何かを継承していても、実質担い手集団形式が入れ替わり、滅ぶことまで考えるべき
つまり、文明、国家、帝国はいかにも滅亡だが、
部族集団は容易に離散し、流浪し、移住地を求める
また、有史以前でもあり、滅亡を正確にカウントできない
イメージとしての永続性は間違っており、実際にはかなり頻繁に滅ぼされ、略奪され、入れ替わり、
つまりは行く川の流れ状態(動的平衡)だったはず
でも、それを証拠立てることが難しい
現代の滅びゆく部族社会じゃ傍証にもならんし
二千年程度なら存続する共同体は多い
ただ、傍らで多くの共同体は滅んでいる
魂があっても集団は崩壊する
死ぬわけではなく、集団形式が流動する=滅びだから、頻繁だと思われる
何かを継承していても、実質担い手集団形式が入れ替わり、滅ぶことまで考えるべき
つまり、文明、国家、帝国はいかにも滅亡だが、
部族集団は容易に離散し、流浪し、移住地を求める
人間の社会体を考えるとき、どの単位をひとつとするか?
つまり、地域共同体のような目に見える具体的な人の集団しか問題にしなければ
共同体であろうがなんであろうが、人の寿命のそうといんでもない掛け数を待たず消滅する。
日本の地方という社会の目を覆うばかりの消失はたった半世紀のできごとだ。
シュペングラーなんかを持ち出したのは、また精神や魂を持ち出したのも、
人間は社会的集団であり、社会それぞれが統一した意識構造を持つことで単位をなすからで、
魂は最も深い位置にあって、社会意識が発生した原始からずっとこころの基礎をなしており、
精神はその上層に浮遊して歴史の各段階に応じた価値をもとに変幻に組み立てられてきた。
そう見ればアシュラムは継続的な社会を紡いでいるし、
「皇統一系」もかすか〜にそれに属するかもしれなくもなくなくはない?ww。
てなことが趣旨だったんだがや。
19世紀国民国家の黎明期に、とくに遅れて発展したドイツで盛んに考えられた諸理論は
衆愚が主人のごとく闊歩する今のような時代にこそ、興味深いことでありもなくもなくなくはない?
つまり、地域共同体のような目に見える具体的な人の集団しか問題にしなければ
共同体であろうがなんであろうが、人の寿命のそうといんでもない掛け数を待たず消滅する。
日本の地方という社会の目を覆うばかりの消失はたった半世紀のできごとだ。
シュペングラーなんかを持ち出したのは、また精神や魂を持ち出したのも、
人間は社会的集団であり、社会それぞれが統一した意識構造を持つことで単位をなすからで、
魂は最も深い位置にあって、社会意識が発生した原始からずっとこころの基礎をなしており、
精神はその上層に浮遊して歴史の各段階に応じた価値をもとに変幻に組み立てられてきた。
そう見ればアシュラムは継続的な社会を紡いでいるし、
「皇統一系」もかすか〜にそれに属するかもしれなくもなくなくはない?ww。
てなことが趣旨だったんだがや。
19世紀国民国家の黎明期に、とくに遅れて発展したドイツで盛んに考えられた諸理論は
衆愚が主人のごとく闊歩する今のような時代にこそ、興味深いことでありもなくもなくなくはない?
全ての道はローマに通ずる、だっけ。
単に道路整備やり過ぎて補修だとかに莫大な金を使い過ぎただけ。
単に道路整備やり過ぎて補修だとかに莫大な金を使い過ぎただけ。
人類は、古代ローマで絶頂期を迎えたが、動乱の中でそれを失った。
再び絶頂期を迎えるためのカギである「産業革命」という切り札を掴むまでに、1000年かかった。
かつての様なあからさまな武力侵攻による侵略行為がしづらくなった現代、「国家が対国家戦争をやり難い」という社会情勢を利用した、中国が現時点で行っている「ソフトな侵略」。
これからは、こういう「ソフトな侵略」が主流になるんだろう。
そして、武力侵攻による「国家滅亡」という事態も無くなり、「数千年続く国家」ってのが当たり前になるかもしれない。
再び絶頂期を迎えるためのカギである「産業革命」という切り札を掴むまでに、1000年かかった。
かつての様なあからさまな武力侵攻による侵略行為がしづらくなった現代、「国家が対国家戦争をやり難い」という社会情勢を利用した、中国が現時点で行っている「ソフトな侵略」。
これからは、こういう「ソフトな侵略」が主流になるんだろう。
そして、武力侵攻による「国家滅亡」という事態も無くなり、「数千年続く国家」ってのが当たり前になるかもしれない。
>>5
>共和制時代から、東ローマ帝国の後継ビザンツ時代まで入れると、2000年以上も続いたんだが?
>しかも、現代社会においてさえ、その影響を抜きにしては語れない。
意味が分かってないような浅い意見だけど一応反論しておく。
>2000年以上も続いたんだが?
「続いたんだが?」が何?
その間どのように「環境が変化したか」については述べないの?述べられないの?
こちらは「環境の変化」に対応できていないと言う事を指摘しているのに、「2000年」がどうしたって??
シーラカンスは古代から形質が変わっていないが、それは環境の変化に対応したわけじゃなく、環境が大きく変わっていないから変わる必要が無いだけの話だろ?
こっちが言っている意味が分かるなら、「2000年の間にこれこれこういう大きな変化があったがローマ帝国はこのように対応して存続している」と意見が出ているはず。
そのような意見が無いと言う事は、単に長く続いた「時間」にだけ気を取られてこちらの本質的な指摘に考えが及んでいないと言う事。
だから、繰り返すが「浅い」と言わせてもらう。
感情的にならずに、反論したいならその「2000年の間の大きな変化」と「ローマ帝国の対応力」をまず詳細に挙げてみてくれ。
それが出来ずに馬鹿だなんだと喚き立てても相手にしないのでそのつもりで。
もちろん、論点ずらしも相手にしない。そちらの頭の悪さが際立つだけだから。
>しかも、現代社会においてさえ、その影響を抜きにしては語れない。
「影響を抜きにしては語れない」から何??
影響と言う点を言うなら、日本の文化にも縄文時代の木の文化がいまだに根強く息づいている。
もちろん、古代中国やインド・ローマ等の文化も同様に日本の文化に影響を与えている。
だが、それと「国家としての存続性・強靭性」というスレタイのテーマとは意味合いがまるで違う。
そういうことも解らないのに、人の意見を咀嚼も理解もせずに>>5のような浅いレスをするのは感心しない。
>共和制時代から、東ローマ帝国の後継ビザンツ時代まで入れると、2000年以上も続いたんだが?
>しかも、現代社会においてさえ、その影響を抜きにしては語れない。
意味が分かってないような浅い意見だけど一応反論しておく。
>2000年以上も続いたんだが?
「続いたんだが?」が何?
その間どのように「環境が変化したか」については述べないの?述べられないの?
こちらは「環境の変化」に対応できていないと言う事を指摘しているのに、「2000年」がどうしたって??
シーラカンスは古代から形質が変わっていないが、それは環境の変化に対応したわけじゃなく、環境が大きく変わっていないから変わる必要が無いだけの話だろ?
こっちが言っている意味が分かるなら、「2000年の間にこれこれこういう大きな変化があったがローマ帝国はこのように対応して存続している」と意見が出ているはず。
そのような意見が無いと言う事は、単に長く続いた「時間」にだけ気を取られてこちらの本質的な指摘に考えが及んでいないと言う事。
だから、繰り返すが「浅い」と言わせてもらう。
感情的にならずに、反論したいならその「2000年の間の大きな変化」と「ローマ帝国の対応力」をまず詳細に挙げてみてくれ。
それが出来ずに馬鹿だなんだと喚き立てても相手にしないのでそのつもりで。
もちろん、論点ずらしも相手にしない。そちらの頭の悪さが際立つだけだから。
>しかも、現代社会においてさえ、その影響を抜きにしては語れない。
「影響を抜きにしては語れない」から何??
影響と言う点を言うなら、日本の文化にも縄文時代の木の文化がいまだに根強く息づいている。
もちろん、古代中国やインド・ローマ等の文化も同様に日本の文化に影響を与えている。
だが、それと「国家としての存続性・強靭性」というスレタイのテーマとは意味合いがまるで違う。
そういうことも解らないのに、人の意見を咀嚼も理解もせずに>>5のような浅いレスをするのは感心しない。
数千年後の歴史家から見たら、日本も2000年以上続いた国家。
大雑把に言えば天皇の下に実務を行う国民がいる構図は変わらない。
大雑把に言えば天皇の下に実務を行う国民がいる構図は変わらない。
ワインの飲みすぎだよ
真相は
真相は
鉛だな、鉛の所為なんだよ
訛りだよ。訛りの所為なんだよ。
国土が広過ぎて各地の訛りがヒド過ぎ、意思疎通が出来なくなったんだな。
国土が広過ぎて各地の訛りがヒド過ぎ、意思疎通が出来なくなったんだな。
つーか、滅びたってのは何が滅びたことをもって滅びたというのだろう?
明治維新で江戸幕府は滅びた
太平洋戦争で大日本帝国は滅びた
鎌倉幕府は滅びて室町幕府になった
物部氏、蘇我氏、藤原氏の興亡
奢れる平家の滅亡と離散
朝廷の天皇制の継ぎはぎ
民主党政権は滅びて自民党政権が返り咲いた
大英帝国は滅びた
オスマントルコ、ペルシア、エジプト、ソビエト崩壊
ローマ帝国は滅びたが、99%の人民は次なる政体下で普通に生き延びている
あらゆるケースで人民の人口増減とは脈略のないシステムの存続論
文明の継続と断裂・・・
極めて政治システムの支配領域論に終始しがちな滅亡論
リーダーシップを担う政治支配層の交代では断じてない
いわんや帰属成員の生死は無関係
明治維新で江戸幕府は滅びた
太平洋戦争で大日本帝国は滅びた
鎌倉幕府は滅びて室町幕府になった
物部氏、蘇我氏、藤原氏の興亡
奢れる平家の滅亡と離散
朝廷の天皇制の継ぎはぎ
民主党政権は滅びて自民党政権が返り咲いた
大英帝国は滅びた
オスマントルコ、ペルシア、エジプト、ソビエト崩壊
ローマ帝国は滅びたが、99%の人民は次なる政体下で普通に生き延びている
あらゆるケースで人民の人口増減とは脈略のないシステムの存続論
文明の継続と断裂・・・
極めて政治システムの支配領域論に終始しがちな滅亡論
リーダーシップを担う政治支配層の交代では断じてない
いわんや帰属成員の生死は無関係
構成員ではなく文化でしょ、滅ぶのは
文化と言っても、伝播できたり、学習できたりする記録文化ではなく、
政治支配や生活にぴったり密着した文化
何と呼べばいいのかねえ
適切な言語表現はないんじゃないかな
これが維持できず、実質的に継承不可能になることをもって滅亡と言う
比喩で言えばヤドカリの貝殻ではなくカタツムリの貝殻、ハチの巣
でも、一世代限りではない
生物界ではなかなか見つからない
森とか、生態系とか・・・
文化と言っても、伝播できたり、学習できたりする記録文化ではなく、
政治支配や生活にぴったり密着した文化
何と呼べばいいのかねえ
適切な言語表現はないんじゃないかな
これが維持できず、実質的に継承不可能になることをもって滅亡と言う
比喩で言えばヤドカリの貝殻ではなくカタツムリの貝殻、ハチの巣
でも、一世代限りではない
生物界ではなかなか見つからない
森とか、生態系とか・・・
文化ではなくて文明が滅ぶのだろう。
文明が滅ぶというのは、国家システムが転換するのだろう。
国家システムというのは、戦争や外交、交易、模倣や、技術移植もある、
遠近、強弱ある繋がる国家同士の関係性も含めての同時代性の時代区分を成す。
具体的にイメージしているのは、「古代、中世、近世、近代、現代」という、単なる便宜のような時代区分。
この区分を生み出しているのは、やはり国家というパフォーマーあってのもの。
イヌイットやコイサンマンの社会には、古代も近代もない。
国家の中で突出して強大で、影響力の及ぶ範囲の大きい大国が構成する統合スタイルが文明。
大国不在の文明というのは考えにくい。
文明は方法論の束のようであり、エリア性に重きを置かれるようでもある。
しかし、そこから特殊地域性を剥ぎ取れば、統合面積の大小とテクニックだけのものとなり、地政学的個性は脱色されてしまう。
剥ぎ取った後から面積も無視し、テクニックだけ残す。
方法論の束だけにする。
ここに時代性は関わるだろうか?関わらせなくてもよいかも知れないが、関わらせてみよう。
すると、「古代、中世、近世、近代、現代」が単なる便宜ではなく、理由のある区分に見えてくる。
国家をパフォーマーとしたのであるから、「国家の方法論の束」に、ある程度時代性が刻印されている姿になる。
国家の方法論が、時代の変遷とともに変化するのだ。
文明が滅ぶというのは、国家システムが転換するのだろう。
国家システムというのは、戦争や外交、交易、模倣や、技術移植もある、
遠近、強弱ある繋がる国家同士の関係性も含めての同時代性の時代区分を成す。
具体的にイメージしているのは、「古代、中世、近世、近代、現代」という、単なる便宜のような時代区分。
この区分を生み出しているのは、やはり国家というパフォーマーあってのもの。
イヌイットやコイサンマンの社会には、古代も近代もない。
国家の中で突出して強大で、影響力の及ぶ範囲の大きい大国が構成する統合スタイルが文明。
大国不在の文明というのは考えにくい。
文明は方法論の束のようであり、エリア性に重きを置かれるようでもある。
しかし、そこから特殊地域性を剥ぎ取れば、統合面積の大小とテクニックだけのものとなり、地政学的個性は脱色されてしまう。
剥ぎ取った後から面積も無視し、テクニックだけ残す。
方法論の束だけにする。
ここに時代性は関わるだろうか?関わらせなくてもよいかも知れないが、関わらせてみよう。
すると、「古代、中世、近世、近代、現代」が単なる便宜ではなく、理由のある区分に見えてくる。
国家をパフォーマーとしたのであるから、「国家の方法論の束」に、ある程度時代性が刻印されている姿になる。
国家の方法論が、時代の変遷とともに変化するのだ。
国家の方法論が変わらざるをえなくなる。
これが時代区分を意味あるものに見せてしまう。
たった5つの区分がどんなメルクマールを画しているというのだろうか?
また、国家の方法論が変更されずとも、国家が交代したり、興亡する事例と、時代区分との関係はどうなっているのか?
近世から近代への移行に際して、国家は必ず滅びるべきであろうか?それとも、革命のような支配層の交代があれば充分なのか?
易姓革命を繰り返しても中国が中世の域を出なかったような場合、国家の方法論に変化がないからだと決めてよいのであろうか?
おそらく、ここ具体的な国家の興亡には方法論の革新は直接的には関係ない。
しかしながら、多くのケースで実際には国家を滅亡させてしまう事例が観察されるのは当然だ。
簡単に方法論を変更できる仕組みを内在させている国家は存在しないからである。
滅ばずとも根本的な国家の方法論が一新できる可能性まで性急に否定する必要はないと言うまでだ。
これが時代区分を意味あるものに見せてしまう。
たった5つの区分がどんなメルクマールを画しているというのだろうか?
また、国家の方法論が変更されずとも、国家が交代したり、興亡する事例と、時代区分との関係はどうなっているのか?
近世から近代への移行に際して、国家は必ず滅びるべきであろうか?それとも、革命のような支配層の交代があれば充分なのか?
易姓革命を繰り返しても中国が中世の域を出なかったような場合、国家の方法論に変化がないからだと決めてよいのであろうか?
おそらく、ここ具体的な国家の興亡には方法論の革新は直接的には関係ない。
しかしながら、多くのケースで実際には国家を滅亡させてしまう事例が観察されるのは当然だ。
簡単に方法論を変更できる仕組みを内在させている国家は存在しないからである。
滅ばずとも根本的な国家の方法論が一新できる可能性まで性急に否定する必要はないと言うまでだ。
覇権国家、大国が興亡してすら、同一の時代区分の中に収まっている場合もあるだろう。
つまり、担い手が変わっても同じ文明を継続することはできる。
逆に言えば、文明の根本的な変更を成すには、いかな大国が蠢動してもんどり打ってドタバタしても無駄。
それだけでは偉業はならない。
「パラダイムシフト」などと言う、分かったような分からないような概念を持ち出す人も居るかも知れない。
それは何がきっかけで起こり、何が変わった場合に徴付けができる概念ですかね?
もう一つ、「古代、中世、近世、近代、現代」という呼称で本当に良いのか?
そんなバックリとした粗雑で素朴な時代概念、何がどうなったから他の時代と区別ができるかをちゃんと定義できるのか?
それと関係して、たとえば「封建制・封建社会」。これは中世なのか?近世なのか?時代区分とは別個の独立した概念なのか?
つまり、担い手が変わっても同じ文明を継続することはできる。
逆に言えば、文明の根本的な変更を成すには、いかな大国が蠢動してもんどり打ってドタバタしても無駄。
それだけでは偉業はならない。
「パラダイムシフト」などと言う、分かったような分からないような概念を持ち出す人も居るかも知れない。
それは何がきっかけで起こり、何が変わった場合に徴付けができる概念ですかね?
もう一つ、「古代、中世、近世、近代、現代」という呼称で本当に良いのか?
そんなバックリとした粗雑で素朴な時代概念、何がどうなったから他の時代と区別ができるかをちゃんと定義できるのか?
それと関係して、たとえば「封建制・封建社会」。これは中世なのか?近世なのか?時代区分とは別個の独立した概念なのか?
いろいろ疑問形を提出してはみたが、「古代、中世、近世、近代、現代」を画する根拠ある定義を提出できれば回答は終わる類いのものである。
いったい、われわれは便宜的にだけ5分類を利用してきたのか、それともきちんと理由づける努力は怠ってきたけれど、明確な基準を説明できるのか?
ローマ帝国の滅亡というとき、それを「古代」から「中世」へと言えなければならないのである。
もちろん、ある年のある月日を期して様相が一転し、新しい時代の幕が開くということはあり得ない。
産みの苦しみに何十年、何百年もかかってはじめて転換がすっかり終了するイメージが正しい。
後から振り返って、あのときが画期だったなどと強調するものの、本当かどうかは説明者の立場に左右されるのでわからない。
同様に、いつ中世から近代になりましたか?と調べても、幅のあるものだから、一点を明示できない。
比較的大きな歴史的大事件は、標識として利用しやすい。あの敗戦が・・・あの政府の樹立が・・・みたいなものだ。
さて、その時代区分の定義であるが、「国家の方法論」であるところがミソである。
大上段に振りかぶって、歴史学そのもののあり方をも揺さぶり、文明論的な大理論を捻出しなければ成り立たないようでありながら、
何のことはない、考察すべきは単なる国家の方法論なのである。
いったい、われわれは便宜的にだけ5分類を利用してきたのか、それともきちんと理由づける努力は怠ってきたけれど、明確な基準を説明できるのか?
ローマ帝国の滅亡というとき、それを「古代」から「中世」へと言えなければならないのである。
もちろん、ある年のある月日を期して様相が一転し、新しい時代の幕が開くということはあり得ない。
産みの苦しみに何十年、何百年もかかってはじめて転換がすっかり終了するイメージが正しい。
後から振り返って、あのときが画期だったなどと強調するものの、本当かどうかは説明者の立場に左右されるのでわからない。
同様に、いつ中世から近代になりましたか?と調べても、幅のあるものだから、一点を明示できない。
比較的大きな歴史的大事件は、標識として利用しやすい。あの敗戦が・・・あの政府の樹立が・・・みたいなものだ。
さて、その時代区分の定義であるが、「国家の方法論」であるところがミソである。
大上段に振りかぶって、歴史学そのもののあり方をも揺さぶり、文明論的な大理論を捻出しなければ成り立たないようでありながら、
何のことはない、考察すべきは単なる国家の方法論なのである。
その国家の方法論、
意外に誰も詳しく掘り下げないんだな。
何でだろうね?
誰も学校で習っていないでしょ?
学会で発表もしていないんだ。
国家の定義、何だろう?
読む気も失せる啓蒙主義の本に出ているかな?
国家とは何?プラトン、ベンサム、ルソー、ボブスホーム、ゲルナー、アンダーソン?
読まないで良いよそんなもん。
意外に誰も詳しく掘り下げないんだな。
何でだろうね?
誰も学校で習っていないでしょ?
学会で発表もしていないんだ。
国家の定義、何だろう?
読む気も失せる啓蒙主義の本に出ているかな?
国家とは何?プラトン、ベンサム、ルソー、ボブスホーム、ゲルナー、アンダーソン?
読まないで良いよそんなもん。
国家定義の貧困は、目を覆うばかり。
「国家は正当化された暴力」マックス・ウェーバー
とか、
「国家とは、権力が領域と人民を内外の干渉を許さず統治する存在」ゲオルグ・イェリネック
とか、
「国家とは近代国家だけを指す。それ以外はいろいろで「社団国家」とでも呼ぶか。」じゃあその場合にも存在する「中央政府機構」はなんなんだよ?
とか、
ろくな定義がなく、使えない。
なんで国家如きをちゃんと理解できないのであろう?人文系学問の知的欠陥がそこにある。
「国家は正当化された暴力」マックス・ウェーバー
とか、
「国家とは、権力が領域と人民を内外の干渉を許さず統治する存在」ゲオルグ・イェリネック
とか、
「国家とは近代国家だけを指す。それ以外はいろいろで「社団国家」とでも呼ぶか。」じゃあその場合にも存在する「中央政府機構」はなんなんだよ?
とか、
ろくな定義がなく、使えない。
なんで国家如きをちゃんと理解できないのであろう?人文系学問の知的欠陥がそこにある。
国家と文明に関して、世の中に雑駁な議論しかないという状態は、それなりに理由のあるのだろうかとは思う。
人々が国家をろくに語れない。本質が分からない。定義づけられない。
文明とは何か、そして文明と国家とはどう関係するのか?文明の何が変われば変化したと言えるのか?これも分からない。
文明は人類文明という一つの括りで、変化したり流転したりすることはなく、文化の物質操作側面全般という概念にまで退くべきなのか?
学問の対象とするに致命的な、恣意的で人それぞれのイメージに傾いた概念に留まってしまう理由は、存在を把握できないからである。
どうしても共同幻想論的な扱いがしっくりきてしまう。
これは簡単には克服できない問題である。
歴史的過去であるなら、それは事実として存在しない。手探りで文献やら遺物、遺構情報とその解釈学に追いやられる。
現在であっても大して異ならない。人々の言葉や行動、使用しているモノしか存在しない。
国家というも、文明というも、その存在はそれほど確かではない。
国家には法律と制度があるが、それも言葉と行動である。文明にはそれに相当する言葉や行動すらあると言えるかどうか?
人々が国家をろくに語れない。本質が分からない。定義づけられない。
文明とは何か、そして文明と国家とはどう関係するのか?文明の何が変われば変化したと言えるのか?これも分からない。
文明は人類文明という一つの括りで、変化したり流転したりすることはなく、文化の物質操作側面全般という概念にまで退くべきなのか?
学問の対象とするに致命的な、恣意的で人それぞれのイメージに傾いた概念に留まってしまう理由は、存在を把握できないからである。
どうしても共同幻想論的な扱いがしっくりきてしまう。
これは簡単には克服できない問題である。
歴史的過去であるなら、それは事実として存在しない。手探りで文献やら遺物、遺構情報とその解釈学に追いやられる。
現在であっても大して異ならない。人々の言葉や行動、使用しているモノしか存在しない。
国家というも、文明というも、その存在はそれほど確かではない。
国家には法律と制度があるが、それも言葉と行動である。文明にはそれに相当する言葉や行動すらあると言えるかどうか?
何か語る際の方便として利用する操作概念であり、ある程度の共有理解があれば話が進められるためのものでしかないのが、「国家」と「文明」。
どんな話を進めたいかで内容が変化する。
加えて、両方ともレベルは異なるがマクロ事象だ。マクロ事象というのは、その内部から眺めるしかない構成員にとっては「見えない」ものである。
「マクロの不可視性」という根本的原理がある。
これでは手も足も出ないのは仕方がない。人文系学問を責めるべきではないかもしれない。
何かを語るための方便でかまわない。どんな定義で何が語れるというのだろう?
すでに文明の定義は提出した。
同じ統合スタイル(国家の方法論の束)が普及したエリアが文明。別のエリアに違う方法が同時代に併存することはOK。
もちろん同じ統合スタイルといっても何から何まで同じ訳ではなく、国家を成り立たせる根本的な方法だけが同じなのである。
それで何が語れるのか?文明の遷移、興亡が語れる。つまり、国家の方法論の衰退と転換が語れる。
文明とは「人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。
特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。」(goo国語辞書)
これなんかは、成長や発展、進歩などを語りたいのであろうが、そんなこと語るなと禁止するわけにもゆかないので、まあしょうがない。
どんな話を進めたいかで内容が変化する。
加えて、両方ともレベルは異なるがマクロ事象だ。マクロ事象というのは、その内部から眺めるしかない構成員にとっては「見えない」ものである。
「マクロの不可視性」という根本的原理がある。
これでは手も足も出ないのは仕方がない。人文系学問を責めるべきではないかもしれない。
何かを語るための方便でかまわない。どんな定義で何が語れるというのだろう?
すでに文明の定義は提出した。
同じ統合スタイル(国家の方法論の束)が普及したエリアが文明。別のエリアに違う方法が同時代に併存することはOK。
もちろん同じ統合スタイルといっても何から何まで同じ訳ではなく、国家を成り立たせる根本的な方法だけが同じなのである。
それで何が語れるのか?文明の遷移、興亡が語れる。つまり、国家の方法論の衰退と転換が語れる。
文明とは「人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態。
特に、宗教・道徳・学問・芸術などの精神的な文化に対して、技術・機械の発達や社会制度の整備などによる経済的・物質的文化をさす。」(goo国語辞書)
これなんかは、成長や発展、進歩などを語りたいのであろうが、そんなこと語るなと禁止するわけにもゆかないので、まあしょうがない。
ポール・ケネディ「大国の興亡」は、軍事史と経済を絡めて分析して見せたが近世、近代、現代にとどまるのみならず、
拡大しすぎて支えきれない国家の遷移をしか記述していない。繁栄の中心が国家の上を移動する姿の描写に終わる。
グレン・ハバード、ティム・ケインの「なぜ大国は衰退するのか」は、戦に言及することなく、ローマ帝国の衰退も論じている。
制度が経済の不均衡を解決できない国家の政治的停滞こそが衰退の原因。財政の視点を中心に、大国の衰退を分析している。
原題「BALANCE」だけに財政と福祉のバランス均衡がレントシーキングで崩れるとアウトと。
ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源」は、
「包括的制度」、「収奪的制度」と二分して自由主義陣営と開発独裁国家陣営との対照、繁栄は開かれた制度にこそと価値観で体制を塗り分けるだけ。
制度説である点は前掲書と同じだが、豊かな国と貧しい国の格差発生問題にすり替わっている。
要するに中央集権に加えて私有権とイノベーションを産み出すインセンティブが存在するか否かが繁栄の元だと。
「なぜ国家は衰亡するのか」は中西輝政の新書だが、アイディンティティの喪失と精神の衰退なる精神論に終始。
いずれも担い手の変遷とあの手この手の模索が、結果的に「古代、中世、近世、近代、現代」を現出させる姿は描き出せてはいない。
拡大しすぎて支えきれない国家の遷移をしか記述していない。繁栄の中心が国家の上を移動する姿の描写に終わる。
グレン・ハバード、ティム・ケインの「なぜ大国は衰退するのか」は、戦に言及することなく、ローマ帝国の衰退も論じている。
制度が経済の不均衡を解決できない国家の政治的停滞こそが衰退の原因。財政の視点を中心に、大国の衰退を分析している。
原題「BALANCE」だけに財政と福祉のバランス均衡がレントシーキングで崩れるとアウトと。
ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン「国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源」は、
「包括的制度」、「収奪的制度」と二分して自由主義陣営と開発独裁国家陣営との対照、繁栄は開かれた制度にこそと価値観で体制を塗り分けるだけ。
制度説である点は前掲書と同じだが、豊かな国と貧しい国の格差発生問題にすり替わっている。
要するに中央集権に加えて私有権とイノベーションを産み出すインセンティブが存在するか否かが繁栄の元だと。
「なぜ国家は衰亡するのか」は中西輝政の新書だが、アイディンティティの喪失と精神の衰退なる精神論に終始。
いずれも担い手の変遷とあの手この手の模索が、結果的に「古代、中世、近世、近代、現代」を現出させる姿は描き出せてはいない。
つまり、ほとんどの論者は国家運営アドバイスという、諸子百家みたいな大昔のコンサルティング処方の現代版から一歩も出ない。
国家のようにコンパクトで有形で、一見したところ操作可能な組織だったら、経営コンサル的インチキスキームで誑かせるかも、というね。
だから、この種の人文科学アプローチだと、分厚いだけが取り柄の著作量で圧倒することに血道を上げる。
自分らの思い込みの仮説に当てはめて、過去の都合のよさげなエピソードを集めるのが唯一の説得材料なので、やたらと事例集めてしまう。
薄っぺらいペーパーにさらっと書き記した数式が・・・みたいなスマートさ、単純さが端から期待できない。そもそも問題意識が国家コンサルティング止まりだから、埒があかない。
つまり国家を調べようとはしているけれど、文明を調べる気構えがない。国家ではなく文明を対象にしたときに、何が言えるのか?
気宇壮大な目論みに怯むことなく、時代創造にチャレンジしていないんだな。
国家のようにコンパクトで有形で、一見したところ操作可能な組織だったら、経営コンサル的インチキスキームで誑かせるかも、というね。
だから、この種の人文科学アプローチだと、分厚いだけが取り柄の著作量で圧倒することに血道を上げる。
自分らの思い込みの仮説に当てはめて、過去の都合のよさげなエピソードを集めるのが唯一の説得材料なので、やたらと事例集めてしまう。
薄っぺらいペーパーにさらっと書き記した数式が・・・みたいなスマートさ、単純さが端から期待できない。そもそも問題意識が国家コンサルティング止まりだから、埒があかない。
つまり国家を調べようとはしているけれど、文明を調べる気構えがない。国家ではなく文明を対象にしたときに、何が言えるのか?
気宇壮大な目論みに怯むことなく、時代創造にチャレンジしていないんだな。
理解可能な歴史の単位は「国家」。その上にあるものは、中国で言えば「天」になってしまう。「文明」に関してあれこれ言うことは憚れる。
ここに果敢に取り組んだ先駆者が梅棹忠夫「文明の生態史観」である。生態系という地理的な要素を塗して文明の遷移を語る。
彼の定義では「文明とは人間の生活を成り立たせている装置群、システムである。」
だが、これだと文化との差異が曖昧になる。
文化と文明は背馳せず、複数の異なった文化が固有文化を保ったまま同じ文明傘下に入れるところに文明の特性を見いだすべきであろう。
具体的な個々の国家もパタンを吐き出す限りで追跡される。
第一地域(西ヨーロッパや極東日本)と第二地域(ユーラシアのほとんど)の分類は、いくつかの事象を旨く説明しそうではある。
封建制の成立、宗教改革、ブルジョアの発達、植民地争奪戦への参加、絶対主義、資本主義などは第一地域の特色である、などと。
しかし、第二地域の封建制は第一地域のものとは異なる表面的類同物、江戸時代は絶対主義みたいな雑な論に満ちた表面観察印象記でしかない。掘り下げや理論化がない。
法則の発見に至っていないから、「序説」扱いを受ける。
文明の背後に国家も退く大きな物語だけにラフスケッチで、論としては生煮えなのだ。
「封建制」→「絶対主義」→「資本主義」という制度遷移パタンは目の付け所がよいにしても。
ここに果敢に取り組んだ先駆者が梅棹忠夫「文明の生態史観」である。生態系という地理的な要素を塗して文明の遷移を語る。
彼の定義では「文明とは人間の生活を成り立たせている装置群、システムである。」
だが、これだと文化との差異が曖昧になる。
文化と文明は背馳せず、複数の異なった文化が固有文化を保ったまま同じ文明傘下に入れるところに文明の特性を見いだすべきであろう。
具体的な個々の国家もパタンを吐き出す限りで追跡される。
第一地域(西ヨーロッパや極東日本)と第二地域(ユーラシアのほとんど)の分類は、いくつかの事象を旨く説明しそうではある。
封建制の成立、宗教改革、ブルジョアの発達、植民地争奪戦への参加、絶対主義、資本主義などは第一地域の特色である、などと。
しかし、第二地域の封建制は第一地域のものとは異なる表面的類同物、江戸時代は絶対主義みたいな雑な論に満ちた表面観察印象記でしかない。掘り下げや理論化がない。
法則の発見に至っていないから、「序説」扱いを受ける。
文明の背後に国家も退く大きな物語だけにラフスケッチで、論としては生煮えなのだ。
「封建制」→「絶対主義」→「資本主義」という制度遷移パタンは目の付け所がよいにしても。
世界が一律に同じ階段を昇るような姿ではないことは明らかである。
地域的な偏りと跛行的な不均等が目につく。
地政学的なバリエーションの共時態より通時態を語りたいが、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』をのぞき見してみよう。
彼の問題意識は「現代世界はなぜこんなにも不均衡になったのか」ということにある。
いいかえると、「世界の富や権力はなぜ現在のようなかたちで分配されたのか」という問題。
ここでいう「分配」は何者かの意思やコントロールあってのものではなく、結果的な「分布」。
世界の第二地域は紀元前3,000年までに栽培と家畜化を独自に始めている。
「選抜と改良」の文化である。そこに「蓄積」(定着を含む)の文化も付け加えたい。
大型動物を食べないで使役するという選択は狩猟や遊牧と大きな差である。
「文字の発明」は帳簿と意思決定(卜占)に始まる。すでに中央集権的な国家が組織運営の必要から生み出すツールだ。広い意味での簿記は文字に先行する。
地政学的なユーラシアが組織力を巡って競合するところまでは梅棹の言うところの第二地域の特色と被っている。
第二地域は同緯度に展開しているので、双方向性の交流、交通、交易が促される。同じ動物が東西に移動でき、同じ作物が東西に育つことができる。
東西異文化接触には、戦闘もまた含まれる。「運搬」(情報含む)の文化だ。
地域的な偏りと跛行的な不均等が目につく。
地政学的なバリエーションの共時態より通時態を語りたいが、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』をのぞき見してみよう。
彼の問題意識は「現代世界はなぜこんなにも不均衡になったのか」ということにある。
いいかえると、「世界の富や権力はなぜ現在のようなかたちで分配されたのか」という問題。
ここでいう「分配」は何者かの意思やコントロールあってのものではなく、結果的な「分布」。
世界の第二地域は紀元前3,000年までに栽培と家畜化を独自に始めている。
「選抜と改良」の文化である。そこに「蓄積」(定着を含む)の文化も付け加えたい。
大型動物を食べないで使役するという選択は狩猟や遊牧と大きな差である。
「文字の発明」は帳簿と意思決定(卜占)に始まる。すでに中央集権的な国家が組織運営の必要から生み出すツールだ。広い意味での簿記は文字に先行する。
地政学的なユーラシアが組織力を巡って競合するところまでは梅棹の言うところの第二地域の特色と被っている。
第二地域は同緯度に展開しているので、双方向性の交流、交通、交易が促される。同じ動物が東西に移動でき、同じ作物が東西に育つことができる。
東西異文化接触には、戦闘もまた含まれる。「運搬」(情報含む)の文化だ。
『銃・病原菌・鉄』。
環境決定論だとする批判は多く寄せられたが、何が足りないかを具体的に示した者はいなかった。
結局意思決定を低く評価している程度の理性主義、自由意志尊重立場からの不満にとどまる。
「結果的に不均等」ではなく、「結果的に古代、中世、近世、近代、現代」が知りたい私には、もとより横道に過ぎない。
「分布」ではなく「分配」の様態についても丁寧に語ったら、評価は変わったかもしれない。
実は「分配」は、「国家の方法論」に大きく関わってくる。ダイアモンドにも国家の誕生に再分配が果たす役割の言及はあるが、それだけである。
与えられた環境、宿命的生態系での分布が、その後の集団の運命を決めてしまうのはその通り。
エリアを拡大したり、支配する原理を編み出したり、リードする文明は、その環境から育ってどんな変容を遂げてどんな形を成して、影響範囲を拡張するのか?
それはパフォーマー主体としての国家の振る舞い、国家同士の関係からもたらされるしかないものだ。
先に、「同じ統合スタイル(国家の方法論の束)が普及したエリアが文明だ」と定義づけた。
文明をそのように定義づけた場合、「国家」とは何か?
「いまだ部族制社会段階で国家に至らず」という表現がある。「英雄時代」などとも呼ぶ。
国家と何が違うのだろうか?
あまり引っ張っても仕方がないので、そろそろ簡潔な私の定義を述べよう。
「国家とは地縁的結合体が『徴税』を財源として活動する独立的な単位である。」
環境決定論だとする批判は多く寄せられたが、何が足りないかを具体的に示した者はいなかった。
結局意思決定を低く評価している程度の理性主義、自由意志尊重立場からの不満にとどまる。
「結果的に不均等」ではなく、「結果的に古代、中世、近世、近代、現代」が知りたい私には、もとより横道に過ぎない。
「分布」ではなく「分配」の様態についても丁寧に語ったら、評価は変わったかもしれない。
実は「分配」は、「国家の方法論」に大きく関わってくる。ダイアモンドにも国家の誕生に再分配が果たす役割の言及はあるが、それだけである。
与えられた環境、宿命的生態系での分布が、その後の集団の運命を決めてしまうのはその通り。
エリアを拡大したり、支配する原理を編み出したり、リードする文明は、その環境から育ってどんな変容を遂げてどんな形を成して、影響範囲を拡張するのか?
それはパフォーマー主体としての国家の振る舞い、国家同士の関係からもたらされるしかないものだ。
先に、「同じ統合スタイル(国家の方法論の束)が普及したエリアが文明だ」と定義づけた。
文明をそのように定義づけた場合、「国家」とは何か?
「いまだ部族制社会段階で国家に至らず」という表現がある。「英雄時代」などとも呼ぶ。
国家と何が違うのだろうか?
あまり引っ張っても仕方がないので、そろそろ簡潔な私の定義を述べよう。
「国家とは地縁的結合体が『徴税』を財源として活動する独立的な単位である。」
材料が出そろったところで中締めでまとめてみよう。
「国家とは地縁的結合体が『徴税』を財源として活動する独立的な単位である。」
「同じ統合スタイル(国家の方法論の束)が普及したエリアが文明。」
「普及的統合スタイルの転換が、結果的に古代、中世、近世、近代、現代という遷移をもたらした。」
と、こうなる。
「国家」が滅びなくても(継続していても)「文明」は転換し得るし、複数の「文明」の同時代併存はあり得る。
「国家」がいかに衰滅、興亡を繰り返そうが「文明」を転換できるとは限らない。
「国家」なら「文明」の型を採用する他ないのかと言えばさにあらずで、採用しなくてもよいし、採用不能であるかも知れない。
このことがスッキリ理解できるのではないだろうか?
「文明」は「国家」が借用できるものだから、宿命的な環境論に拘束されるいわれはない。
世界のどこでどんな履歴でその方法論が編み出されたかが重要でないとは言わないが、
「文明」は普及できるものであり、国家が方法論を獲得すれば参加できる類いのスタイルである。
しかしながら、あらゆる文明形式の普及が「容易」であることは意味しないし、文明の中心に居座ることも意味しない。
参加形態は末席を汚す程度であったり、採用困難で別の形式が常に対決的(文明の衝突)であり続けたり、隷属的であるかも知れない。
「国家とは地縁的結合体が『徴税』を財源として活動する独立的な単位である。」
「同じ統合スタイル(国家の方法論の束)が普及したエリアが文明。」
「普及的統合スタイルの転換が、結果的に古代、中世、近世、近代、現代という遷移をもたらした。」
と、こうなる。
「国家」が滅びなくても(継続していても)「文明」は転換し得るし、複数の「文明」の同時代併存はあり得る。
「国家」がいかに衰滅、興亡を繰り返そうが「文明」を転換できるとは限らない。
「国家」なら「文明」の型を採用する他ないのかと言えばさにあらずで、採用しなくてもよいし、採用不能であるかも知れない。
このことがスッキリ理解できるのではないだろうか?
「文明」は「国家」が借用できるものだから、宿命的な環境論に拘束されるいわれはない。
世界のどこでどんな履歴でその方法論が編み出されたかが重要でないとは言わないが、
「文明」は普及できるものであり、国家が方法論を獲得すれば参加できる類いのスタイルである。
しかしながら、あらゆる文明形式の普及が「容易」であることは意味しないし、文明の中心に居座ることも意味しない。
参加形態は末席を汚す程度であったり、採用困難で別の形式が常に対決的(文明の衝突)であり続けたり、隷属的であるかも知れない。
「租税とは文明の対価である」と米国内国際入庁(IRS)玄関の碑文にある。
しかし、本当は「国家は税なり」なのである。「文明」ではない。
近代国家では「代表なくして課税なし」(米独立戦争スローガン)だが、代表がなくても課税があれば国家である。
税が国家そのものであることは、近代国家に限らない。誰もがそのことを理解、把握しやすくなっただけだ。
2018年まで産油国サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、GCC加盟国は無税国家(収益分配国家)だった。
それは王家が石油輸出収入を独占する「家産国家」だからでもあるが、それ以前にザカート、サダカ、ワクフといったものがある「宗教国家」であることを忘れてはならない。
「所得税およびザカート税省」というものが管轄し、石油で潤う前からイスラム金融と同じ論理で税金=搾取として廃しつつ別ルートをもっていた。
レーエン制(封建制)は国家とは言えぬとするシュンペーターは、「租税国家」=国民国家=議会制国家のみを国家とする。
だが、この設定は恣意的である。
レーエン制やフューダリズムは中央集権を弱めてしまうが、農奴が賦役や貢納などの義務を果たしていた。
領民も領土も国王の私物という考えに従えば、支配権=所有権であるから、税という概念が表向き消されているだけである。
中央集権的な絶対王政下には徴税請負人が大量にいて革命で処刑された。ラヴォアジエが処刑された理由もこれだ。
十分の一税が普及した地中海世界でも古代ローマ時代から徴税請負人はいた。徴税会社まで組織していた。
しかし、本当は「国家は税なり」なのである。「文明」ではない。
近代国家では「代表なくして課税なし」(米独立戦争スローガン)だが、代表がなくても課税があれば国家である。
税が国家そのものであることは、近代国家に限らない。誰もがそのことを理解、把握しやすくなっただけだ。
2018年まで産油国サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、GCC加盟国は無税国家(収益分配国家)だった。
それは王家が石油輸出収入を独占する「家産国家」だからでもあるが、それ以前にザカート、サダカ、ワクフといったものがある「宗教国家」であることを忘れてはならない。
「所得税およびザカート税省」というものが管轄し、石油で潤う前からイスラム金融と同じ論理で税金=搾取として廃しつつ別ルートをもっていた。
レーエン制(封建制)は国家とは言えぬとするシュンペーターは、「租税国家」=国民国家=議会制国家のみを国家とする。
だが、この設定は恣意的である。
レーエン制やフューダリズムは中央集権を弱めてしまうが、農奴が賦役や貢納などの義務を果たしていた。
領民も領土も国王の私物という考えに従えば、支配権=所有権であるから、税という概念が表向き消されているだけである。
中央集権的な絶対王政下には徴税請負人が大量にいて革命で処刑された。ラヴォアジエが処刑された理由もこれだ。
十分の一税が普及した地中海世界でも古代ローマ時代から徴税請負人はいた。徴税会社まで組織していた。
財源があるところ、(政府紙幣でも導入しないことには)税金あり。いや、政府紙幣も税金である。
「個人金融資産や企業の内部留保を担保に政府紙幣を毎年3%発行する」(大村大次郎)などは、マネーサプライの増大でインフレを起すことで税に変えるものである。
MMTやFTPLも「見えない税金」、「インフレ税」と呼ばれるものの一種である。
松下幸之助の無税国家論も、従業員の活動から財源を徴収しなければインフラ、教育含めた躯体を維持できまい。
地域結合集団に課される徴税がその組織体の身体を維持し、運動を可能にする血液となっている姿をもって国家と呼ぶ。
祖先を同じくする氏族結合的血縁ではダメである。
国家には都市が伴い、都市の中心に税が集まり、都市の中心に市ができる。
そもそも都市は「市」と書く。中国の古代王朝、殷は本来の名称が「商」であった。
都市も市も人と物を集め、配るものである。
「国家の方法論」とは、したがって徴税と分配の方法論。徴税−分配方法を巡って文明が興亡する。
財政危機が国家を倒壊させても、新たな国家が同じような方法論を携えて興るだけなら文明の興亡とは言えない。
中国の易姓革命が何度繰り返されても、禅譲を装おうが放伐に因ろうが、文明の交代とは言えない。
繁栄や覇権の移動があっても文明の興亡とは言えない。
「個人金融資産や企業の内部留保を担保に政府紙幣を毎年3%発行する」(大村大次郎)などは、マネーサプライの増大でインフレを起すことで税に変えるものである。
MMTやFTPLも「見えない税金」、「インフレ税」と呼ばれるものの一種である。
松下幸之助の無税国家論も、従業員の活動から財源を徴収しなければインフラ、教育含めた躯体を維持できまい。
地域結合集団に課される徴税がその組織体の身体を維持し、運動を可能にする血液となっている姿をもって国家と呼ぶ。
祖先を同じくする氏族結合的血縁ではダメである。
国家には都市が伴い、都市の中心に税が集まり、都市の中心に市ができる。
そもそも都市は「市」と書く。中国の古代王朝、殷は本来の名称が「商」であった。
都市も市も人と物を集め、配るものである。
「国家の方法論」とは、したがって徴税と分配の方法論。徴税−分配方法を巡って文明が興亡する。
財政危機が国家を倒壊させても、新たな国家が同じような方法論を携えて興るだけなら文明の興亡とは言えない。
中国の易姓革命が何度繰り返されても、禅譲を装おうが放伐に因ろうが、文明の交代とは言えない。
繁栄や覇権の移動があっても文明の興亡とは言えない。
ローマを、国家、文明、文化と三つの面から考察すれば、答えは簡単に出る。
国家政体、
徴税と利益の再分配に関すれば、
共和政初期と、帝政末期では、全く別物でありそもそも之がローマ国家の政体と言うものが存在しない。
文明、
蓄積された経験と技術、之もルーツはオリジナルの物よりギリシャ文明の土台に乗った物が多いが、
とにもかくにも、一般的に古代ローマと言えば之だろう。
ただ其れは、その担い手が絶えれは、 必然として失われる。
一般論としてのローマの滅亡は、之を意味する。
最後に文化だか、
之は非常に広範囲かつ、定義の難しいものでありるが、
今の西欧文化の根幹がローマの法制度や習慣風俗に由来するのは、明らかだ。
之をもってローマは滅亡していないと言うなら、一理有るだろうね。
国家政体、
徴税と利益の再分配に関すれば、
共和政初期と、帝政末期では、全く別物でありそもそも之がローマ国家の政体と言うものが存在しない。
文明、
蓄積された経験と技術、之もルーツはオリジナルの物よりギリシャ文明の土台に乗った物が多いが、
とにもかくにも、一般的に古代ローマと言えば之だろう。
ただ其れは、その担い手が絶えれは、 必然として失われる。
一般論としてのローマの滅亡は、之を意味する。
最後に文化だか、
之は非常に広範囲かつ、定義の難しいものでありるが、
今の西欧文化の根幹がローマの法制度や習慣風俗に由来するのは、明らかだ。
之をもってローマは滅亡していないと言うなら、一理有るだろうね。
>>43
確かに、政体が共和制からアウグストゥスの帝政へと変わった理由は重税にあえぐ無産化市民増大による税収不足。
でもって、徴税請け負う人の廃止と直接税と舵を切る改革を行うんだが、徴税請負人はほとんど撲滅できなかった。
無産化市民(子供しか持てない人だから現代日本の非正規独身よりはマシ)はパンとサーカスでこどおじ化だ。
改まらぬ税収不足を安易に通貨の増発で補おうとして、帝政はデナリウス貨の改鋳を繰り返して1万倍のハイパーインフレを起してしまったんだね。
デオクレティアヌスは困ってさらなる増税の税制改革を行う。
デナリウス貨の徴税禁止、各都市、属州の戸別調査と現物納で直接税強化・・・巨大な官僚組織でもないことには無理な増税策。
徴税請負人依存も官僚組織がないから起きたことだった。
詰んだ。
共和制でも帝政でも徴税にしくじっている。気づきはあれども「体」がなく実行できなかったわけ。
根本的な体制は変わっちゃいなかったわけだね。
確かに、政体が共和制からアウグストゥスの帝政へと変わった理由は重税にあえぐ無産化市民増大による税収不足。
でもって、徴税請け負う人の廃止と直接税と舵を切る改革を行うんだが、徴税請負人はほとんど撲滅できなかった。
無産化市民(子供しか持てない人だから現代日本の非正規独身よりはマシ)はパンとサーカスでこどおじ化だ。
改まらぬ税収不足を安易に通貨の増発で補おうとして、帝政はデナリウス貨の改鋳を繰り返して1万倍のハイパーインフレを起してしまったんだね。
デオクレティアヌスは困ってさらなる増税の税制改革を行う。
デナリウス貨の徴税禁止、各都市、属州の戸別調査と現物納で直接税強化・・・巨大な官僚組織でもないことには無理な増税策。
徴税請負人依存も官僚組織がないから起きたことだった。
詰んだ。
共和制でも帝政でも徴税にしくじっている。気づきはあれども「体」がなく実行できなかったわけ。
根本的な体制は変わっちゃいなかったわけだね。
方法論、もう少し絞れば徴税方法、徴税パタンが一新されたときに、新たな文明に取って代わったと言明できる。
だが、もちろん徴税テクニックという「点」だけ凝視してもあまり意味はなく、国家財政全体の回し方の方に注目しなければならない。
そのパタンが変貌する(せざるを得ない)ときに文明のシフトが起きる。
それが滅多に起きないからこそ、人類史は「古代、中世、近世、近代、現代」程度の分類で済んでしまい、
「古代、中世、近世、近代、現代」の「財政システム」を辿ってゆくと、「文明」の変遷が描き出せるというわけである。
国家とは、財や資源の配分装置という意味ではかつては唯一機能的な「市場」でもあった。
沈黙交易とか象徴交換などは「市場」ではないのである。
国家とは別の系統に分岐した「交換的な形態」を装った税と分配装置を「市場」と呼ぶ。
「市場」における「税」は「利益」であり、「分配」は「流通」である。
市場が利益を追求するように、国家は税を追求する。市場が流通阻害で異常(機能不全)を来すように、国家は分配方法を誤れば異常(暴動や政権崩壊、革命)が起きる。
市場が利益飽和を起せば衰退するように、国家が税収を失えば衰退する。
企業がその事業利益に基づいて健康度が測れるように、国家と文明も徴税によって健康度が診断できる。
「徴税困難性」という補助線で、お馴染みの歴史区分の「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」の区分けの成り立ちの真因が判明する。
だが、もちろん徴税テクニックという「点」だけ凝視してもあまり意味はなく、国家財政全体の回し方の方に注目しなければならない。
そのパタンが変貌する(せざるを得ない)ときに文明のシフトが起きる。
それが滅多に起きないからこそ、人類史は「古代、中世、近世、近代、現代」程度の分類で済んでしまい、
「古代、中世、近世、近代、現代」の「財政システム」を辿ってゆくと、「文明」の変遷が描き出せるというわけである。
国家とは、財や資源の配分装置という意味ではかつては唯一機能的な「市場」でもあった。
沈黙交易とか象徴交換などは「市場」ではないのである。
国家とは別の系統に分岐した「交換的な形態」を装った税と分配装置を「市場」と呼ぶ。
「市場」における「税」は「利益」であり、「分配」は「流通」である。
市場が利益を追求するように、国家は税を追求する。市場が流通阻害で異常(機能不全)を来すように、国家は分配方法を誤れば異常(暴動や政権崩壊、革命)が起きる。
市場が利益飽和を起せば衰退するように、国家が税収を失えば衰退する。
企業がその事業利益に基づいて健康度が測れるように、国家と文明も徴税によって健康度が診断できる。
「徴税困難性」という補助線で、お馴染みの歴史区分の「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」の区分けの成り立ちの真因が判明する。
「封建制」という概念が、中世の特色か、近世の特色か、はたまたそうした時代概念と無関係かの考察はここでは置く。
封土や領民の存在がそのシステムの有効性を発揮させる条件だとしたら、国力の基礎に可耕地と農民という条件を欠く国家は封建制を採用できないことになる。
代替物として「請負制の分配」程度を骨格にした徴税−地縁結合運動体を形成するかどうかは検討できる。
封建制は郡県制=中央集権制などと対置される概念であるが、「徴税権分配の活用」と言いかえることも可能だということだ。
実はこの「徴税権の分配」は、姿形を変えて何度も登場してくるのである。
古代ローマに先行する古代ギリシャのポリス以来の徴税請負人はもちろんそうであったし、
海賊や冒険航海者、植民地経営者や銀行制度も企業活動もそうなのである。
つまり、徴税請負体制やその類同物「だけ」で時代区分を仕切るわけには行かないということも意味する。
面倒で経費が嵩む徴税業務は常に国家の悩みの種で、権利譲渡の様々な形がやがて国家をむしばむ原因を最初から埋め込む仕儀になっている。
脱税、免税特権、租税回避地、大企業の海外逃亡との戦いが歴史を作っているとも言える。
封土や領民の存在がそのシステムの有効性を発揮させる条件だとしたら、国力の基礎に可耕地と農民という条件を欠く国家は封建制を採用できないことになる。
代替物として「請負制の分配」程度を骨格にした徴税−地縁結合運動体を形成するかどうかは検討できる。
封建制は郡県制=中央集権制などと対置される概念であるが、「徴税権分配の活用」と言いかえることも可能だということだ。
実はこの「徴税権の分配」は、姿形を変えて何度も登場してくるのである。
古代ローマに先行する古代ギリシャのポリス以来の徴税請負人はもちろんそうであったし、
海賊や冒険航海者、植民地経営者や銀行制度も企業活動もそうなのである。
つまり、徴税請負体制やその類同物「だけ」で時代区分を仕切るわけには行かないということも意味する。
面倒で経費が嵩む徴税業務は常に国家の悩みの種で、権利譲渡の様々な形がやがて国家をむしばむ原因を最初から埋め込む仕儀になっている。
脱税、免税特権、租税回避地、大企業の海外逃亡との戦いが歴史を作っているとも言える。
すでに古代ローマ帝国滅亡の話題から逸脱しつつあるので幕引きに入るが、その前に一言。
石器文明/鉄器文明
薪炭文明/化石エネルギー文明(原子力は文明を構成しない)
人畜動力文明/内燃機関動力文明(電力は蒸気タービンなので文明を構成しない)
道具文明/機械文明(電子制御は文明を構成しない)
文明区分を何に準拠するかは種々であるが、概ね上記のように単純な2つ程度の分類におさまってしまう。
時代区分「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」は何ら性格付けのない、不可逆的な時間の経過を表わした区分である一方、その遷移にはある種の「段差」が感じられる。
その「段差」に意味があるのか?何を克服したり、獲得すれば次のステージに移行するのか?
石器文明/鉄器文明
薪炭文明/化石エネルギー文明(原子力は文明を構成しない)
人畜動力文明/内燃機関動力文明(電力は蒸気タービンなので文明を構成しない)
道具文明/機械文明(電子制御は文明を構成しない)
文明区分を何に準拠するかは種々であるが、概ね上記のように単純な2つ程度の分類におさまってしまう。
時代区分「古代」「中世」「近世」「近代」「現代」は何ら性格付けのない、不可逆的な時間の経過を表わした区分である一方、その遷移にはある種の「段差」が感じられる。
その「段差」に意味があるのか?何を克服したり、獲得すれば次のステージに移行するのか?
これはそう思い込んでいるだけで、実は特に意味はないという結論にたどり着くかも知れない。
中世=(封建主義)は( )つきである。古代周王朝も封建制である。徴税権分配の一様態にすぎないかもしれない。
近世というのは元来日本の江戸時代をのみ表象しているが、普遍化するならどんな定義が相応しいのか。
絶対主義が中世と近代の間に挟まっているが、これを近世と呼べば江戸時代を絶対主義と勘違いしてしまう。
日本なら明治維新から戦前までが絶対主義だが、同時に近代でもある。社会主義や共産主義は絶対主義の亜種ではなかったか?
近代は産業資本主義であろうか。植民地帝国主義であろうか。国民国家の誕生なのか。
現代は何だ?金融資本主義か株式会社の簇生か。為替グローバリスムか。
名称などはどうでもよく、「国家財政全体の回し方」という切り口から特徴を抽出せねばならないのであり、既存の概念がそのまま横滑りするものでもない。
中世=(封建主義)は( )つきである。古代周王朝も封建制である。徴税権分配の一様態にすぎないかもしれない。
近世というのは元来日本の江戸時代をのみ表象しているが、普遍化するならどんな定義が相応しいのか。
絶対主義が中世と近代の間に挟まっているが、これを近世と呼べば江戸時代を絶対主義と勘違いしてしまう。
日本なら明治維新から戦前までが絶対主義だが、同時に近代でもある。社会主義や共産主義は絶対主義の亜種ではなかったか?
近代は産業資本主義であろうか。植民地帝国主義であろうか。国民国家の誕生なのか。
現代は何だ?金融資本主義か株式会社の簇生か。為替グローバリスムか。
名称などはどうでもよく、「国家財政全体の回し方」という切り口から特徴を抽出せねばならないのであり、既存の概念がそのまま横滑りするものでもない。
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スレッドタイトル:なぜ古代ローマ帝国は滅びたのか