大化の改新までにすでに古墳が廃れていたので薄葬令で後追いした
これは服属儀礼のツールの消失を意味するのみではない
古墳がどんな機能を果たしていたかを考えれば判然する
・古墳(なかんずく前方後円墳)は中央への服属儀礼
・地方豪族の公共事業(ピラミッドや期末の道路工事と同じ)
・地方豪族の勢力抑制
・政治的権威の更新、再生
古墳は農耕社会以降の過剰生産気味の社会集団が必ず必要とする再分配装置として重宝し、隆盛を誇った
これが機能不全にいたり、消滅すると問題が起きる
斉明天皇の奇妙な石の神殿もアイデアの内だったが、オタクっぽくて不評で代替物にはなりえなかった
手っ取り早い解決策は対外戦争だが、白村江の敗戦で頓挫してから、さあいよいよ困った
国内回帰してからの解決策がとりあえず北九州の水城、瀬戸内の山城建設だが、機内以西が回らない
じゃあ内戦(壬申の乱)一発やっておこうか
孝徳以降の「遷都」(150年間に13回)はなかなかいいアイデアだった
鎮護国家仏教寺院建築も金がかかる、よしよし
伊勢神宮をはじめとする皇祖神を祀る国家神道の創立もどうだ
全国に伊勢神宮は無理だから周期的な「遷宮」がいい・・・・
古墳時代を経験してしまった日本はこれだけの再分配+瀉血装置が必要になったのだ
江戸時代で言えば武家諸法度の築城制限に対応した参勤交代と天下普請に見られるのと同じ構図
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