浅野がうけもった持ち場の準備で、吉良が詳細を良く伝えなかったために、あわや大問題になりかけた事案があったと言う。
そもそも大名である浅野は、別格であれ旗本ごときの吉良に指図をうけることに、屈辱を感じていた。
世が世ならば・・・という意は、当時の大名なら全員がもっていたことだ。
そもそも徳川体制というものがそういう土壌を一種含んでいたことは誰もが知っている。
吉良はそういう目で大名達からみられていたし、吉良自身もそんな大名達に対するあてつけ心を日に日に助長させていた。どちらも自分が望んでそうなったわけではないのだ。
徳川という大きなシステムで与えられた大きな役目に支えられた自尊心と、そしてそうでありながら歯車の一部に過ぎないということを、ひしひしと感じて過ごしていた。
『立場』がその人物を腐らせた。高取りの旗本にろくなヤツなどいやしない。江戸では庶民からおおいに嫌われていた。
二つの顔を持つ甘やかされた優等生。手下以外からは誰からもむかつかれていた。
そういう固定概念が、浅野をしてご法度へと走らせる後押しをした。
とうとう頭にきた浅野が憎き旗本の典型例・吉良の顔面に一刀を打ちつけたのだ。かねてより険悪な雰囲気の二人の間にたちこめ、着物が裾がふれるかふれないか、一触即発の雰囲気のなか、不意に体が動いたのだろう。
武者震いを止められず、手が動いて即打ちにした形だ。顔面を狙うというのはよほどの恨みである。
大名としてぬくぬく育った浅野は、自分が死を受ける刑など悪夢のような現実離れしたことであったろう。正義感をほしいままにしてきたこの坊ちゃんもまた、世の摂理から淘汰される日がきたのだ。
領民は幕府の顔に泥を塗ったこの大名を慕うより、次に幕府から覇権されてくる領主か懐柔するために赤飯を炊いて祝い
吉良の時代は終わったこととて、晴れやかに幕府方の喪に服しきった。
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