近代東アジアを明治年号で鑑みるスレ
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001 2023/02/22(水) 04:01:10 ID:gUqleeTtgI
093 2025/12/28(日) 00:17:14 ID:bOoB7hnzI2
日清・日露で勝利するも「臥薪嘗胆(耐え忍び国力を養う)」という国民的努力は、第一次世界大戦(WW1)という追い風によって報われました。日本に特需(大正バブル)をもたらし、工業生産が飛躍的に増大した。
物質的な豊かさは西洋崇拝をますます助長し大正ロマンの日本は債務国から債権国へと転換し戦勝国として国際連盟の常任理事国となり、国際的な発言力を持った。内政では、政党政治や普通選挙を求める大正デモクラシーの風潮が高まり、政治・社会運動が活発化した。
1920年恐慌: 戦後、欧州からの経済復興により日本製品の需要が減少し、大戦景気で膨張した企業や銀行の不良債権が表面化して、1920年(大正9年)に恐慌が発生しました。
1923年の関東大震災は物理的・精神的な「リセット」
未曾有の災害は、それまでの華やかな都市文化と、楽観的な自由主義に冷や水を浴びせました。
物理的リセット: 帝都復興計画により、東京は「伝統的な下町」から、耐震・耐火を備えた「機能的な近代都市」へと強制的に再編されました。
精神的リセット(国民精神作興): 震災直後、大正天皇は『国民精神作興詔書』を発布しました。これは、震災後の社会不安や「軽佻浮薄(チャラチャラした西洋かぶれ)」な風潮を戒め、勤勉や倹約といった日本的な道徳への回帰を促すものでした。
保守化と統制の影: 震災時の混乱や流言蜚語、甘粕事件などの発生により、自由な言論への圧迫が強まりました。これが後の治安維持法強化や、昭和の軍国主義・ナショナリズムへと繋がるターニングポイントとなりました。
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