「糞場で死んだ軍神」上杉謙信の死因
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001 2021/09/14(火) 15:56:15 ID:lePkdS4dX6
百戦錬磨の「軍神」とも言われる上杉謙信。
城内の厠(トイレ)で亡くなったと言われる謙信の死因は、現代でもよく見られる、ある病気だと言われている。
謙信は大の「酒好き」だった模様。
馬に乗ったままでお酒が飲める脚付きの器「馬上杯」が遺品として残る。
肴は質素に「干物に梅干し、味噌や塩」を好んだとのこと。
謙信の最期は「脳卒中」だったと考えられている。
天正5年(1577年)、柴田勝家率いる織田軍を手取川で撃破した謙信は、春日山城へと退き次なる遠征の準備を始める。
しかし、翌年の4月、城内の厠(トイレ)で倒れた謙信はそのまま昏睡状態となり、わずかに唇を動かすもその4日後にこの世を去る。
享年49。
謙信が死の一月前に詠んだ歌
四十九年 一睡夢 一期栄華 一杯酒
(49年のわが人生も一睡の夢のようなもので、
この世の栄華も一杯の酒のようなものだ)
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005 2021/09/16(木) 18:31:58 ID:siFYueDjn2
>>肴は質素に「干物に梅干し、味噌や塩」を好んだとのこと。
ガルパンで有名になった『雪の進軍』の歌詞を彷彿とさせる
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